居酒屋若侍にて




居酒屋 若侍


 その店はその名の通り、働き盛りの若者達や夢を志し勉強中の若者たちなどの集いの場であり、
来島や工藤、そして紺野たちもよく此処を利用していた。

 今回、久々に同期のメンツと飲み会に集まったわけであるが……

「しかし驚いたなぁ。あの高城監督の舞台に今さんと永原さんがねぇ」

 焼酎の水割りグラスを見つめながら、言うのは同期の中でも随一の実力者である来嶋湊(きじま 
みなと)。芸名は相模ひろしという。

 既に俳優の中でも頂点に立つ永原との共演を果たしている。

「あの二人の舞台での格闘が生で見られるのかと思うと、超楽しみぃ」

 中ジョッキ片手に弾んだ声の工藤に、隣に座る紺野が呆れる。

「…………格闘って、別にKー1やるんじゃないんだぞ」

「そういや紺野、洋樹が永原さんに代わって水森さんの舞台に出るって本当か」

 来嶋の問いに、永原映のマネージャー、紺野健一郎(こんの けんいちろう)は首と手を大仰に横に
振る。

「まだまだ。全然決まってないよ。永原さんが水森さんに浅羽君を推しているって段階で」

「……そうか。でも師匠の代わりって結構重圧だぞ。今回、俺もかなり堪えたからな」

 来嶋は現在公演中の舞台を、師匠の代役として出演している。

  彼の師もまた、伝説の名脇役と呼ばれていた人物であった。

「浅羽君にそんな思いはさせたくない、か。ふうん。優しいねぇ、相模は」

「何だよ、にやにやしてこっちみて」

「別に。まぁ、お前とは状況が全然違うよ。水森さんの舞台を永原さんがやるってコトは本決まりにな
っていたわけじゃないし。公表されていないぶん、少なくとも世間からのプレッシャーはないんだから」

 ユッケをつまみながら言う紺野に対し、向かいにいる銀本耕平(ぎんもと こうへい)が頬杖をつきな
がら言った。

「それにしてもその浅羽君って子?今さんの次は水森さんだろ?大変だなぁ」

「何で?」

 首を傾げる工藤に、銀本は片方の眉をつり上げて苦々しく言った。

「だって、あの人女には優しいけど、男には鬼、悪魔だからな。俺もどんだけあの人に色々言われた
ことか。それじゃあ、ミヤが引き立たないだとか、それじゃあミヤが演技ヘタに見えるだろとか。ほーん
と不条理きわまりなかったぞ」

 銀本は大手である劇団夕凪の看板スターである。

 ややつり上がった細い眉にタレ目が特徴の二枚目だ。

 しかし銀本の言葉に同意する者はいない。

 それどころか先程まで飲んで顔が赤かったのが、たちまちリトマス試験紙のごとく青に変わる。

「んとにあの女たらしが!今度会ったら」

「今度会ったらどうすんの」

「そりゃ今度会ったら、ぶちのめ―――

 言いかけて、銀本の顔も皆と同様さっと青くなる。

 ホラー映画の、後ろにいるであろう化け物の方を振り返る主人公のごとく、ゆっくり振り返る銀本。

 座敷席の背後、カウンターの前には女性連れの水森が腕組みをして立っていた。

「うぉ!?噂をすれば水森さん」

「銀本君、いい度胸だね。今度の舞台は君で行こうかと考えていたトコなのに」

「わぁぁぁ!!い、今のは冗談です!!」

 神様お願いのポーズをして頭を下げる銀本に、水森の隣にいた女性がきゃっと声を上げる。

「すごーい。まーちゃんってエライのね!!この人あの銀本さんじゃない」

 甲高い声ではしゃぐ女に一同は内心げんなりする。

 確かバラエティで天然と言われている女性タレントだ。

「 いやぁ、それほどでもないよ。エリちゃん」

 デレデレ笑う水森。

「あー!それにジュンジュンにきよたんもいる!」

 ジュンジュンとは工藤潤(くどう じゅん)のことを指すのであろう。彼はドラマにも出始めているの
で、メンバーの中では最も知名度が高い。

 そしてきよたん、というのは清阪美祐理(きよさか みゆり)。

 元宝塚の男役で、今でも男役を演じることが多い、一見美男子の女性だ。

 来嶋達もほとんど男友達感覚で接しており、本人もそんな状況を心地よく思っている。

「君は確か見島エリちゃんだね」

 にこやかに笑う美祐理に、エリの目はハートマークになる。

「はいっっ!!やだー、マジ格好良すぎ。きよたん」

 美祐理が手を差し出すと、エリはとびあがって両手でその手を握った。

『さすが清阪、水森さんの女を横からかっさらった』

『王子様フェロモン健在だな』

 こそこそ話す来嶋と紺野に、水森はぴくりと眉を上げる。

 そしてエリの肩に手を置いて。

「やだなー、エリちゃん。俺のこと忘れないでよ」

「やだー、まーちゃんもしかしてやきもち!?可愛い」

 ぴょこんとエリは水森の腕に飛びつく。

『さすが女の扱いは百戦錬磨だな』と来嶋。

『ああ……意地で女を取り戻した』と紺野。

「何こそこそ話しているんだ、そこ。それに清阪!お前、人の女に色目使うんじゃねぇ」

「やだな。何を言っているんですか。私はただせっかくの会ったご縁を大切にしたいから、握手をした
までですよ」

 あくまで王子様然、とした紳士的な笑みを浮かべる清阪。

 女でありながら、泣かした女は数知れず。

「くそぉ、お前が女じゃなかったら、舞台の上ではギタンギタンにしてやるのに」

 あくまで女には怒鳴れない悲しい己の性に歯ぎしりをする水森。

 するとエリが口を尖らせて抗議する。

「えー女の子びいきってホントなのぉ?エリ以外の女にも優しいのぉ?」

「そ、そ……そんなことは」

「ああ、そんなことはないよ。銀本くんの時は、たまたま機嫌がわるかったんだよ」

 意外にも水森本人ではなく、工藤潤がエリの言葉を否定した。

 何、この女ったらしをフォローしてんの!?

 一瞬、工藤の真意を測りかね、目を丸くする一同だったが、次の言葉でそれがフォローでも何でも
ないことが発覚する。

「だって僕の時は、すごく優しかったじゃないですか」

 無邪気な笑みを浮かべ、工藤は言った。

  


 一年前 ―――

「いいじゃない。アタシが誰を好きになろうと。あんたなんか……あんたなん……」

 とたん女優の台詞が止まる。

 台詞を忘れたのだ。

 水森の叱咤が稽古場に響き渡る。

「ちょっと工藤ちゃん!君がちゃんとしてくれないと」

「え……」

 びくりとして水森を振り返る工藤。

 その美少女さながらに怯える表情に、水森は次の言葉に詰まる。

(か……可愛い)

 そう思いかけ、相手が男であることを思い出し何とか怒鳴ろうと口を開けかけるのだが。

「あ、あの、僕はどうすれば」

 大きな目を潤ませて恐る恐る尋ねる工藤に対し、水森はごくりと唾を飲む。

 どこから見ても美少女。

 360度美少女だ。

 そして隣の照明の青年に。

『おい。こいつは本当に男なのか?つーか女じゃなきゃ詐欺だろ!?』

 照明の青年はそんな水森に溜息を一つついて。

「だから何度も言っていますけど、あの人は男ですよ。信じたくない気持ちはわかりますけどね」


  


「成る程」

 銀本がなっとくしたように頷く。

「目に浮かぶような光景だね」

 美祐理も同じように頷く。

「お……お前等、何だよ。その目は」

 じーっと白い目で見つめる紺野や来嶋たちに対して、水森の顔が引きつる。

「いや……」

 来嶋は首を横に振る。

「何でもないっすよ」

 薄笑いを浮かべながら紺野も首を横に振る。

「まーちゃん、どうしたの?顔が青いよ」

 一人状況が読めていないエリが首を傾げる。

 水森はすぐにクールな表情に戻り、その肩を抱いた。

「エリちゃん、もっと別のいいところへ行こう」

「えー!?エリ、ここのつくね食べたかったのに」

「ほら!コンラッドホテルの三つ星レストラン行きたいって言ってたじゃない」

「うそー!?あそこ連れて行ってくれるの」

「ああ…………くそぉ、思わぬ出費

「まーちゃん、何か言ったぁ?」

「何でもないよ、じゃあ行こう。じゃあな、お前等。おい、銀本!!今度の舞台覚悟しておけよ?」

 黒縁眼鏡の下、いつになく鋭い眼差しを送る水森に、銀本は「ひっ」と声を上げ、顔を引きつらせた。

 そんな彼に周囲の人間は合掌する。

 しかし水森が若侍を去った後、懲りない銀本は。

「おい、水森さんが両刀に墜ちる方にいくら賭ける?」

 その問いかけに真っ先に手を挙げたのは清阪。

「五千円」

 来嶋は苦笑しながら「じゃあ、墜ちない方に五千円」

 紺野は工藤の顔をみながらぼそりと。

「墜ちる方…………一万円」

 工藤は目をぱちぱちさせて、首を傾げて問いかけた。


「両刀って何?」



 こうして、居酒屋若侍の夜は更けてゆくのであった。

 ちなみに両刀とは男も女もOKなバイセクシャルな人のことである。

                                                  おしまい




 今回の登場人物


銀本耕平……26歳。

         劇団夕凪の看板スター。お調子者故、ドラマよりも先に、バラエティに出ている。

         世間にはお笑いの人だと思われている。

清阪美祐理……25歳

              元宝塚の男役。今も男性役を演じることがある。女の子には優しいが一応 ノーマル
          である。その証拠に密かに工藤のことを狙っている。

      




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